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熊本家庭裁判所 昭和37年(家)840号 審判 1964年3月31日

申立人 原田文子(仮名)

相手方 原田和男(仮名)

主文

相手方は申立人に対し婚姻費用分担として、金二六万三千円を即時に、昭和三九年四月より昭和四二年一月までは毎月金一万一千円を同年二月より一ヵ月金三千円をいずれも毎月末日限り申立人住所に持参又は送金して支払をせよ。

本審判確定により申立人原田洋子、原田明男と相手方間の昭和三四年(家イ)第四二七号扶養料事件の調停はその効力を失うものとする。

理由

申立人は申立の趣旨として「相手方は申立人に対し別居期間中申立人と双方間の子三名の生活費、学費として毎月三万円宛と毎年六月及び一二月の期末勤勉手当支給額の二分の一相当額を申立人に支払うこと」を求め、事件の実情として、

申立人は○○聾学校の教師相手方は○○高校定時制の教師と兼ねて○○商大付属高校の講師をしているが、

一  申立人と相手方は昭和一五年九月一七日婚姻しその間に長女雪子(昭和一五年一〇月一日生)二女洋子(昭和一九年五月一九日生)長男明男(昭和二二年一月二一日生)の三人の子を有するものである。

二  相手方は昭和三四年四月前頃から小岩恵子なる女性と不純な関係を持ち同月二二日家を出て相手方肩書住所地において同女と同棲し、家庭を顧みない。

よって申立人は当時いずれも未成年であった三名の子の法定代理人親権者として相手方に対し扶養料支払の申立をなし熊本家庭裁判所昭和三四年(家イ)第四二七号扶養料請求事件として係属し、調停の結果申立人雪子の申立は取下げ申立人洋子、明男につき相手方との間に「相手方は申立人等の親権者原田文子に対し、申立人等両名の扶養料として昭和三五年三月より同人等がそれぞれ満一八歳に達するまで毎月各五千円宛を各月二五日までに熊本家庭裁判所に寄託して支払うこと」

との調停が成立した。

三  二女洋子は昭和三七年五月満一八歳に達したので相手方は洋子に対する扶養料を支払わなくなったが、成長に伴い却って支出が増加するのでこれを延長する必要があること、しかも一人あたり相当の生活費、学費を要するので未成年者両名につきいずれも増額の必要があること、更に長女雪子は昼間アルバイトをしながら夜間大学に通学しているが同人に対し月々三、〇〇〇円の送金をしているので、その分担を求めたく、又夫婦は相互に扶養する義務があるところ、生計の資を得ている本体は相手方にあるので申立人の生活費も分担する要があり結局これらを合計し、婚姻費用分担として申立趣旨記載の金額の支払を求める。

というのである。

よって判断するのに筆頭者原田和男の戸籍の謄本、昭和三四年(家イ)第四二七号扶養料請求事件の記録、家事審判官の申立人及び相手方及び件外小岩恵子、原田洋子に対する各審問の結果に当庁調査官緒方喜六の調査の結果を綜合すると事件の実情一、二記載の様な事実並びに下記の事実が認められる。

一、相手方は、申立人との別居をなすに至った原因は申立人の不貞にあり、その責任はあげて同人にあるので婚姻費用の分担に応じられないと抗争するが元来、未成熟子の生活費については夫婦間の別居の事情等の如何に拘わらずその支払を分担する義務があるうえ、夫婦間相互の扶助義務につき影響を及ぼすことある別居の事情についても、本件における申立人と相手方の別居の直接の原因は相手方と件外小岩恵子との間に情交関係を生じたことによるものであることが認められるので現在の様な形の夫婦間の別居について相手方の立場を正当化し、あるいは相手方の婚姻費用分担の責任を免除する様な特段の事情があるということはできない。但しこの点については後述する。

二、又相手方は本件調停、審問期日を通じて、二女洋子、長男明男について引取扶養を主張しているが、同人等は父である相手方が母である申立人をおいて他の女性と同棲していることにつき、かなり批判的であり、現在の状態で相手方と同居することは到底できないことであると陳述しているのであってその意思は相手方の関係が婚姻の法理及び倫理に照しても許容され得ないものである以上やはり尊重されなければならないしまた事実上同居を強いることも困難である。とすると現状が維持される限り夫婦親子別居の不幸な形が続くことは止むを得ないことであり、これを前提として別居期間中の婚姻費用につき分担を定める必要があるといわなければならない。

三、そこで先づ申立人及びその子等の資産収入、生活状態を検討すると申立人は別に資産はないが昭和二六年四月から○○聾学校教諭として勤務しており、その収入は昭和三六年度の給与所得の源泉徴収票によると税金及び社会保険料を控除した給与総額は四七万九、三八四円で月平均三万九、九四八円になり、昭和三七年一月より七月までの給与総額は二六万四、四一三円で月平均三万七、七七三円であってその後若干増額していることが認められ、一方支出は同年七月当時で申立人及び洋子、明男の三名の生活費として、約三万七千円を要することが認められる。

この他に申立人は双方間の子で東京に居住し、同地で労働結核研究会○○○診療所に勤務し、月収一万三、八二五円を得て夜間は短大にて勉学している長女雪子(当時二一歳)に対し月々三千円の送金をしているので(現在は送金していない)これについても婚姻費用として相手方に分担を求めるというが既に成人に達し自ら独立して生計を営んでいる子の生活費は夫婦間の婚姻費用ということはできないので、申立人がこれを出損したとしても親の子に対する好意に基く贈与以外のものではないので相手方に請求し得べき性質のものではない。従って上記申立人及び未成年者二名の生活費についてのみ考察するとその支出額は一人あたり金一万二千円位となる。

この金額は夫婦共教員を勤め双方相当の収入をあげている申立人等の生活費としては、適正な額と考えられる。

このような支出が昭和三八年三月洋子が高校卒業に至るまで継続したが、同年四月同女が姉の後を追って上京し同地で会社に勤務し月収一万三千円位(現在一万五千円)を得て独立生計を営むに至り、上記の支出は変更され、申立人は同月三千円を送金し、その後学資として○○短大入学金七万円、本代衣類代三万円の計一〇万円を与えるという形で洋子については主として学資の援助を行う形に変ったのである。

しかしこれらの負担は明男につき調停で定められた金五千円を相手方において支払う外はすべて申立人が負担していたものである。

四、これに対し、相手方は資産としては本籍地に宅地、家屋を所有しているが、収入資源となるものではないこと、同人は県立○○高等学校定時制の教諭として勤務し、兼ねて○○商大付属高校に非常勤講師として勤めている者であるが、その収入は昭和三六年度の給与所得の源泉徴収票によると税金及び社会保険料を控除した給与総額は○○高校の分、七七万〇、六九二円、商大付属高校の分五万八、〇〇二円で合計八二万八、六九四円、月平均額六万九、〇五七円になること、昭和三七年一月より七月までの給与総額は前者四二万四、三九五円後者四万九、四六二円合計四七万三、八五七円、月平均額六万六、八〇九円になりその後若干増額していることが認められる。相手方は上記収入の内から長男明男に対する生活費として金五千円を申立人に支払っている外は、相手方と前記小岩恵子との生活費として約三万七、〇〇〇円を費消しているので、その他は現金あるいは物品に代えて蓄積されていると推定される。

五、以上認定した双方の収入、支出状態を勘案すると相手方の給与収入は申立人の収入の一・七倍乃至一・八倍に相当するので未成年者の生活費の分担についても同様の比率でこれを分担するのが当然であるが、なおこれに日常の監護にあたらない当事者の金銭的負担を多少加味するなら未成年者一人について相手方の負担は金八千円をもって相当と認める。

とすると明男については既に支払済の月々五千円を差引いた一ヵ月の残金三千円につき本件第一回調停期日の開かれた昭和三七年七月から昭和三九年三月までの分として金六万三千円を即時に、同年四月から同人が成人に達するまで先に調停で定められた金五千円を含めて一ヵ月金八千円を支払う義務があり、二女洋子については始期については昭和三七年七月から、同女が申立人と同居していた昭和三八年三月まで一ヵ月金八千円の割合による金七万二千円及び、同年四月からの分として申立人が補助した学資金一〇万三千円の内金六万五千円を相手方の分担とし合計一三万七千円につき即時に支払う義務がある。

未成熟子の高等教育を受けるための学資については、親の経済状態に照し子に高等教育を受けさせるに足りる資力のある場合には子としてはその能力に応じた教育を受ける権利があり、当然に婚姻費用の一部として考えられる。

洋子については、昭和三九年五月一九日成人に達するまでの間は親の扶養を受け得るわけであるが、既に独立生計を営むに足りる収入を得ているので、昭和三八年四月以降については上記学資を除いて負担の要はないといえる。

六、申立人の生活費に対する相手方の分担については、元来夫婦は同居し互に協力し扶助し合う義務がありその結果として相互に相手の生活を自己の生活の一部として見ることとなるわけであるが、本件の申立人及び相手方は昭和三四年四月から別居していて夫婦としての協力扶助の実体がないこと、そしてこれをなし得ない事については先に認定したように相手方の不貞及び同居義務違反という大きな責任があり、相手方において協力扶助につき受領遅滞に落入っている形となっているが、そのような事態を招来した遠因について深くただしてゆくときには申立人にも幾分の責任のあることが窺われること及び、申立人は相手方と同じ教育者としてその体面を保つにふさわしい生活を営むに足りる収入を既に自ら得ていることを考慮すると相手方の分担額はその経済力の比率に拘わらず、一ヵ月金三、〇〇〇円を以て相当と考える。昭和三七年七月より、昭和三九年三月までの分について金六万三千円を即時に同年四月より別居期間一ヵ月金三、〇〇〇円を支払う義務あるものと認める。

七、なお先に申立人が洋子、明男の法定代理人として相手方との間に成立している当庁昭和三四年(家イ)第四二七号扶養料請求事件の調停は未成年者から相手方に対し親としての扶養義務を請求している形をとっているが、その実質は申立人と相手方間において未成年者の生活費についての婚姻費用の分担を定めたものということができるので、本件審判の確定によりその効力を失うものとする。

よって主文のとおり審判する。

(家事審判官 土井博子)

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